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ようやく感想

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四月公演の感想をまとめかけてそのままになっていました。
備忘録として。



文楽を観劇するようになって十年が経ちました。

最初は平成16年4月の『義経千本桜』。
国立文楽劇場の開場20周年公演でした。
ここで文楽公演がある度に観に行っていたわけではないのです。気が向いたら続いたし、一年くらい空いたこともあります。

開場30周年のこの4月は『菅原伝授手習鑑』。
平成18年4月には、今公演第二部のうちの六段が上演されましたが、物語の内容を私はほとんど記憶していなかったようです。歌舞伎では観劇したことがありません。
その後もこの劇場やNHKホールで見た寺入りの段、寺子屋の段だけは大筋を覚えているので、その終盤につながっていく物語が見られる通し狂言を楽しみに出かけました。

印象に残ったことを書き留めてみたいと思います。いつもながら人形中心です。

梅王丸、松王丸、桜丸は三つ子ですが、顔が皆違いました。かしらはそれぞれ検非違使(けんびしと読むようです)、文七、若男。

「加茂堤の段」。
斎世(ときよ)親王を乗せてきた牛車が豪華で、馬の毛並みもツヤ感たっぷり。
文楽って衣装といい背景といい、つくづく本格的だなあと思う。
その牛車、桜丸の妻・八重が引いて帰ることになるのですが、引っ張ってもなかなか前に進まず、それでも何とかしようと懸命になる姿がとても可愛らしかった。

「筆法伝授の段」。
竹部源蔵の着物のことを菅丞相は『あらあらしき(ふたつめの“あら”は“く”に似た繰り返しの記号)下々の着る物』とありますが、私には何だかぱりっとすっきりした感じがしました。源蔵ってすごく年寄りみたいに勝手に思っていたのですが、小さな子供がいることを考えると、このときの印象の方が作品の年齢らしく見えました。
続いて妻の戸浪については『小袖の縫箔、さすがに女子の嗜みか』とあります。淡い黄色に記憶があいまいですが赤とか橙のような、小振りの花模様があしらってあり、清楚に見えました。
この段は見た目に楽しかった。
局の着物が渋い色合いでシック、背が高い印象を受けます。腰元勝野は青っぽかったかなあ。またもおぼろげですが。
二人とも立ち振る舞いに目を惹くものがありました。一方御台所という役はじっとしていていることが多く、役柄をどう映し出すのかとても難しそうです。
遣い手は吉田勘弥さんでしたが、もうひとつの役、姫の姉・立田前の方が見せ場も多いと思います。立田前もグレーの着物が控え目だけど何か光るものがあるとイメージします。

「築地(ついじ)の段」では、源蔵・戸浪夫婦と梅王丸が菅秀才を連れ出す一幕。菅丞相の幼い子供を守ろうと彼らの必死の思いと迫る危険に ともにドキドキして観ました。

覚寿の懐と姉妹の情と、唐突に表れるシュールな木像。
立田前の悲劇と、滑稽さと不気味さをたたえる鶏(にわとり)。
第一部の終盤、「杖折檻(つえのせっかん)の段」から「東天紅(とうてんこう)の段」では、奇妙な世界が漂いつつ、母覚寿の複雑な心情とそれよりももっと大きな愛情に強く気付かされます。


第二部は最前列で観劇。見る側にとっても長帳場のこの観劇、一部では少しうとうととしかけてしまったので、演じる方々の目の前で眠ってしまっては大変と思っていましたが、第一部の深刻さから一転、華やかさがある「車曳の段」で楽しくなって、そのまま飽きることなく見続けることができました。
吉田文司さん(人形)の梅王丸がとても清々しく真っ当な長男の姿になっていたと思います。中村勘九郎さんを思い浮かべたりして見ました。

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ここまでが記録したまま放ったらかしにしていた感想。
以下はタイムラグ甚だしいここ数日に書き足したものです。

続く「茶筅酒(ちゃせんざけ)の段」からは、三つ子の父・白大夫が出番も多く、活躍の為所です。
集まった三つ子のそれぞれの妻たちの着物は、黄緑色の地に、夫の名前にちなんだ模様。ベタですけど可愛らしいです。
それから松王丸、梅王丸が順に訪ねて来ますが、「喧嘩の段」の文字どおり、喧嘩になります。このとき松王丸を語る咲甫大夫さんの声が、松王丸の人形にぴたりと一致しました。私だけなのかな、こんな一瞬。でも、こういう瞬間ってハッとするのです。
咲甫大夫さんにはいつも朗々と謳うような語りの印象があったので意外でしたが、このときは偉そうで気難しそうで横柄で・・・(笑)、新鮮。

「桜丸切腹の段」は、竹本住大夫さんの引退狂言となっていました。
89歳だなんて、十年前は79歳。すごいことです。私が観劇に出かけた本公演には住大夫さんの姿があって当たり前。そういう印象です。
一番印象にあるのはやっぱり『仮名手本忠臣蔵』の「山科閑居の段」かな。あの白々とした雪景色のなかに響く声の渋さが何とも寂しく厳しく深刻な情景を映していました。おおさか元気文楽の『生写朝顔話』「笑い薬の段」なども楽しかったなあ。
名前が載っているだけで安心する感じ。この先ずーっと舞台で語っておられるような気がしていました。そんなこと考えたこともないくらい。
引退狂言は、私には声の衰えなんて分からなかった。

人形もやっぱり素晴らしかった。桜丸の姿は今のすべてを静かに受け入れるような悟りの境地を漂わせていましたし、女房八重の立ち振る舞いは、通るべきところを知っているような軌跡を描きます。主遣いお二人が、尊い精神性の世界をそこに作り出しているようにも思えました。



筑紫に下った菅丞相は重厚感のない、もっと淡い色の着物を着ています。それが公演パンフレットの表紙になっていた文頭にある画像です。
表情も冴えない感じでした。かしら が変わったようです。

前半で見られた菅丞相の衣装はこちら。
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このあと帝を守ろうとする思いから雷神になって飛んで(!)行く展開を考えると、表紙の衣装の色は神々しい意味合いを含んでいるのかも知れません。きれいな色です。
静けさから騒々しさへ変わり、やがて雷鳴などで舞台が派手さを増して、花火の演出まで見られて驚きました。心に静かに感動を呼び起こすのは文楽から外せない要素ですが、こういう思いがけない仕掛けには、単純に心が弾みます。

話は寺子屋に続いて行きます。
通しの公演が叶うこと、それが見られること。うれしいです。
今日は何か番組があるみたいです。
by ubjlmj | 2014-06-21 00:00 | art dramatique